学科トピックス

2014年08月19日

歴史文化学科で学ぶこと─心の歴史の扉をあける─

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国際日本文化研究センター所蔵「百鬼ノ図」

ようこそ歴女・文学青年・妖怪マニアの人たち

歴史文化学科では、歴史探究プログラム、民俗探究プログラム、京都文化探究プログラムという三つのプログラムから幅広く日本の歴史と文化を学びます。ゲームや漫画などによって新選組や戦国武将を知り、大好きになった〈歴女〉の人たち、いつも本を離すことのない活字中毒の文学青年たち、妖怪のことなら何時間でも語り続けることのできる妖怪マニアの人たち、そんな人たちも歴史文化学科では大歓迎です。

でも、そもそも歴史文化学科って何を学ぶところでしょう?新選組の隊士について、やばいくらい詳しくなったり、高校の時の日本史の試験の時に覚えた数倍の数の年号を覚えるところ?さまざまな妖怪の種類を学んで、妖怪博士になれるところ?そんなことを思っている人もいるかもしれませんが、それはちょっと違います。

妖怪ってほんとうにいるの?

たとえば歴史文化学科では、日本の大学で唯一の、いや、世界中の大学でもどこもやっていない(であろう)、妖怪文化論という講義を行います。しかし、その講義では、こんな妖怪がいる、あんな妖怪もいるといった形の、妖怪図鑑を教科書としたような講義をやる訳ではありません。

もうサンタの正体も知っているみなさんは、うすうす気づいていると思いますが、ほんとは妖怪なんて、この世にいません。サンタだってお父さんです。

だけど、そんなことで、がっかりしてはいけません。だって、妖怪の存在を信じて、妖怪の姿を語る人たちが、日本の歴史上、実在していたことは、れっきとした事実なのです。古代の貴族たちも、江戸時代の武士たちも、妖怪を目撃したことを語ったり、書き留めたりしています。一体彼らは何をみて、何を考えて、そんな妖怪たちをうみだしたのでしょう?妖怪を通じて、妖怪をうみだした日本の社会や日本人の心の歴史を学び、一緒に考えていこう、というのがこの講義の目的となります。

新選組は何をしていた?

「薄桜鬼」や「銀魂」にでてくる新選組の隊士たちの多くは、想像の産物ではなく、実在した人物たちです。彼らが、本当は何を考え、何をしていたのか、それを、ああだったらいいな、こうだったらいいなって妄想するのではなく、彼らが実際に生きていくうえで、書き残したもの、たとえば近藤勇が郷里の友達に宛ててだした手紙、近藤と土方が大坂の商人から無理矢理お金を借りた時の借金の契約書、新選組が活動の拠点としていた壬生寺が書いている新選組の横暴ぶりを訴える請願書、そんなものを〈史料〉といいますが、そんな実在の史料を読み解きながら、彼らのしたこと、考えていたことを明らかにするのも、歴史文化学科でできることです。

自分で歴史をしよう!

歴史文化学科では、歴史上に実在した、有名無名の人たちが残してくれた〈史料〉、たとえば戦国時代の武将が書いたお手紙、たとえば、村人が語り継いできた伝承、たとえば、平安時代の貴族のことを描いた文学作品、そういったものを読み解きながら、日本の歴史と文化を、自分の目と足と頭で、学んでいきます。

高校までのように、教科書に書かれていること、つまり、どこかの誰かが明らかにした歴史を、単に覚えるのではなく、自分の力で、そういった史料を読み解き、自分で興味を持ったテーマを調べる力をつけること、つまり、自分の手で歴史を明らかにする力をつけることが、大学での教育内容となります。

心の歴史を学ぶ

歴史学を専門的に学ぶことができる大学では、政治の仕組みや社会のあり方を学ぶところが多いです。確かにそういったことを学ぶのも大事です。しかし、本学科では、そのような政治の仕組みや社会のあり方もある程度学んだ上で、さらに歴史上に生きた人びとが何を考えて、どういうことを思って生きていたのか、日本人の心の歴史を学ぶことを重視しています。たとえば、文学作品を通じて平安時代の貴族の恋愛感を、妖怪を通じて妖怪をうみだし信じてきた村人たちの心を、色とりどりの浮世絵を通じてそこから読み解くことのできる江戸時代の人たちの心を、そんな日本人の心の歴史を、重点的に、学び、考えることができるのも本学科の特色です。

さあ、あなたも私たちと一緒に歴史の扉をあけてみませんか?

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鍛治 宏介 准教授
専門は日本史(江戸時代)。担当科目は日本史概説、日本文化史、歴史民俗学資料講読(日本史)、歴史民俗学上級講読。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、同研究科特定助教などを経て、現職。論文に「近江八景詩歌の伝播と受容」など。

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