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先生に聞いてみた【82】山崎 芙紗子 教授

更新日:2018年2月14日(水)
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京都学園大学でユニークな研究に携わる先生に突撃インタビューする「#聞いてみた」シリーズ。 82回目は歴史文化学科の山崎先生に、歴史ある「京都」で行う実践的な学習の利点について、いろいろ聞いてみました。

京都という地にあって、歴史を実感しながら学ぶ。
自らの興味を掘り下げ追究していく、醍醐味を知る。

地道に史料にふれて、ていねいに調べていけば、数百年の時も超えられる。そこからわかってくる事実にときめく。 歴史を学ぶことの意義と興味のありかについて、山崎芙紗子先生にお話をうかがいました。

Q: 先生は、子どもの頃から歴史に興味をおもちだったのでしょうか。

そうですね、生まれは岡山ですが、10歳からずっと京都で育ちました。実は、小学生の頃から、“幕末おたく”と言えるほど、幕末の歴史が面白くてたくさん本を読みました。 ところが、中学に入ると興味が変わって世界文学全集を手当たり次第に読みました。多感な文学少女だったのかもしれませんね。 大学は文学部でしたが、当初は歴史学か、文学か、心理学か、何を専攻するか悩んでいました。ただ、一方で国語の教師になろうと思っていました。 その後しだいに、専門分野が絞られてきて、卒業論文では、江戸時代にこの京都の地で展開された新しい国学を巡る動きについての研究をまとめました。この町家のあたりを歩き回って調査したものです。

歴史的なできごとの舞台に、自分の足で立ってみる。

Q: 京都という地で歴史を学ぶということの意義はなんでしょうか。

京都で暮らしていますと、歴史的なできごとの舞台になった場に実際に立つことができますね。 時を経て、時代が変わったと言っても、少し想像力をはたらかせば、往時の空気感とか臨場感を、身をもって体感することができます。 私自身、そういう実践的な学習を心がけてきましたし、今の学生たちにとっても、この京都の地で歴史を学ぶときには、ある種の”リアル感”をともなって様々なことを体得できるのは、ほんとうに大きな利点であると思っています。

たとえば、戦国時代の戦の場合、史料を読んで頭の中で規模の大きな戦だと思っても、実際にどれぐらいの広さで展開されたか、足を運んでみると実際には想像よりずっと小規模な戦闘であったりするのではないでしょうか。
今、この町家のある新町通りから西へいきますと、西洞院通りあたりは低くなっていますね。 そこにはかつて本能寺があり、ここより低い位置に立地していました。だから、信長が焼き討ちにあった時には、高い位置に建っていた南蛮寺院の宣教師たちはその燃える様子が少しはよく見えただろうということがわかってくるわけです。 そんなことが今、歩いてみてはじめて実感できるのです。

面白い!と思ったら、とことん調べる。また調べる。その積み重ね。

Q: たとえば学生たちの研究テーマについてお教えいただけますか。

主に「江戸時代の京都」をテーマに講義を展開しています。といっても、範囲は広いですね。その時代に京都に生きた人たちの、本当の環境についても知らなければなりません。
私の担当科目の中で例をあげれば、学生たち自身が興味をもった江戸時代の人物を選んで調べるというのがあります。自分が主体的に興味を抱いてとことん追究していくことが大事なのです。 その対象となる人物の選択には、こちらから指示することはありません。家康や吉宗、慶喜などの将軍や秀吉、利休、織部などの茶人、それから意外ですが、若冲や等伯、北斎などの画人を選ぶ人が多いですね。 政治家は時代の流れを押さえていないと難しいです。一人にスポットをあてて徹底的に文献にあたって調べていくのです。大事なのは、“なぜ興味をもったのか”“どういうところを追究していきたいのか”というモチベーションなのです。 そこがはっきりしていれば、授業中のプレゼンテーションにおいても強い説得力が生まれてきます。

Q: 歴史を学ぶことの面白さ、醍醐味とは何でしょうか。

調べる、まとめる、さらにこまかく調べる、またまとめる。そこに確かな論述の軸ができてきます。こうして他人に説明する力というものを身につけていけると思っています。
また、奇をてらった独創的な方法ではなく、どちらかと言えば、誰にでもできるシンプルな方法で、一つ一つの事実を調べて、それを積み重ねて証明していくことが大切ですね。 これは、捜査みたいなものです。地道に調べているうちに、「あっ!」と思うような、感覚を知ります。事実の手ざわりみたいなものです。これこそが、歴史研究の醍醐味ですね。

それから、最近の学生たちを見ていて思うのですが、読むものが軽いですね。古典文学でもコミックやライトノベルに翻案した本を読んで、すべてを理解したように思い込んでしまっているように感じられます。 もちろん、入門にはいい方法であることは確かなのですが、やはりそれで終わらずに原典にふれて欲しいですね。言葉には、その時代ごとの空気感や生命力が宿っています。 さきほど言いましたように、歴史の舞台の場所に立って、その場を身をもって実感する。それと同じように、書物に描かれた言葉にも時代のリアルな息吹がこめられているのです。 そしてなによりも、原典を読むほうが、はるかに面白いし、味わいも生まれてきます。

能を舞い、受け継がれてきた歳月を超えて、歴史を体感する。

Q: 先生は、「能楽師」としても活躍されていると聞きました。

能は自分にとっては、運命的な「天職」のようなものです。実は、母が能楽師でしたから、3歳の時ですが、自然に自分でまねをして舞い始めたらしいです。 岡山から能の本場の京都に引っ越してきたので、大変勉強になりました。学生時代には実にたくさんの能を見ました。26歳のときに師範の資格をいただいて教えるようになりました。 京都学園大学の能楽部も30年近く指導しています。

京都には、能舞台が多くありますし、毎週末に能が上演されていて、能を鑑賞する機会には大変恵まれています。古典芸能、伝統芸能と固い枠にはめて「鑑賞」するのはどうでしょうか。ただ楽しんで浸っていただきたいですね。
せっかく京都という歴史を学ぶのに理想的な環境の中にいるのですから、積極的に「時間旅行」を楽しんでいただければと願っています。

人文学部 歴史文化学科

山崎芙紗子(やまざき・ふさこ)教授

博士(文学)。京都大学文学部卒業(国語学国文学専攻)、同大学院博士課程満期退学。大谷大学特別研修員を経て現職。専門分野は、「日本近世文学」「伝統文化」。担当科目は、「京都文化学概論」「江戸文化論」「伝統文化論」など。主な研究テーマは、江戸時代の国学、古典注釈、『雨月物語』『南総里見八犬伝』など。1980年より、観世流シテ方能楽師。

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