公開講演会「日本経済の現状と課題」が開催される

2019年11月20日トピックス

 11月9日(土)に、本学太秦キャンパスのみらいホールにて、「白書で学ぶ現代日本」の公開講演会が開催され、一般の方、本学学生など193名が聴講に訪れた。

 第1部の基調講演では「日本経済の現状と課題」と題し、内閣府参事官補佐の淀谷恵実氏による『令和元年度版経済財政白書』の解説が行われた。

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詳細は以下の通り

 第1章「日本経済の現状と課題」では、足もとの景気動向について解説。景気回復と、それに伴う人手不足感の高まりから雇用者数および総雇用者所得は増加基調にあり、個人消費は堅調。また、高水準の企業収益を背景に設備投資も増加するなど、日本経済は緩やかな景気回復傾向にあることが示された。他方で、中国経済の減速等により、海外向け出荷比率の高い生産用機械や電子部品を中心に輸出は弱含んでおり、今後も米中通商摩擦の帰趨など海外経済の動向に注意していく必要があることが指摘された。さらに、今後、人口が減少するもとでも日本経済の回復基調を確実なものにするためには、第4次産業革命が拓く「society5.0」を実現することで、新たな財・サービスを創出し、消費や投資を喚起するほか、生産性引上げによる賃金上昇を実現することが重要であると指摘された。

 第2章「労働市場の多様化とその課題」では、労働供給側では女性や高齢者の就業意欲が高い一方で、労働需要側の企業もイノベーションの促進、競争力強化、人手不足解消など様々な理由で多様な人材の雇用を望んでいる現状が確認された。その上で、多様な人材の活躍を推進するためには、柔軟な働き方やワーク・ライフ・バランスの改善を実現する「働き方改革」が重要であることが説明された。

 第3章「グローバル化が進む中での日本経済の課題」では、まず日本の経常収支の黒字の柱が貿易収支から第一次所得収支に変化してきており、日本の世界で稼ぐ力が、財の輸出を中心とした以前の姿ではなく、対外投資から得られる利子や配当所得への依存を高めていることが確認された。また、自由貿易体制から利益を享受する日本にとって、自由貿易体制の維持は重要な課題であり、米中通商摩擦などの保護主義の動きに注視するほか、日欧EPAやTPPといった地域連携協定の地道な推進が重要であることが説明された。さらに、グローバル化を進める企業は、そうでない企業と比べて生産性や雇用、賃金の面で有意に正の効果を持っていることが確認された一方で、国内での高度技能人材とそれ以外の人材の間での賃金格差の拡大への対処として、教育訓練の強化や雇用の流動性の確保、さらにはセーフティネットの整備が重要であることが指摘された。

 

 休憩時間を挟んだ後、第2部のパネル・ディスカッションでは、久下沼仁笥教授(公共経済学)の進行の下、淀谷氏を含めた3人のパネリストの間で、『令和元年度版経済財政白書』に関する討論が活発に行われた。

まず、第1章の景気分析およびアベノミクスの評価では、本学の清水裕子准教授(経済政策論)から、過去10年間で法人の経常利益は増加基調であるにも関わらず、法人税収入は増えておらず、法人税負担率が低下している一方で、実質賃金は下がり続けており、アベノミクスによるトリクルダウン効果が一般の労働者へ波及していない現状が指摘された。また、安倍政権の政策に対する民間企業の評価では、TPPなど経済連携戦略と並んで法人減税が上位に挙げられており、逆に財政再建や社会保障改革への取り組みに対する評価が低いことが示された。続いて、アベノミクスが目指す「1億総活躍社会」の実現のために期待される女性の労働参加率引き上げと、合計特殊出生率の1.8への引き上げが両立可能な目標であるのかという問いに対して、小川顕正講師(地方財政論)からは、2000年代のOECD24カ国のデータから、家族向け政府支出と男性の育児参加率の増加に伴い、女性の労働参加率の上昇と同時に合計特殊出生率の上昇も観測されてきた事実が指摘され、今後の日本社会においても女性の就労促進と出生率の引き上げは両立可能な政策目標であることが説明された。さらに、フロアからの質問で、長期化する金融緩和政策の副作用として、地方の金融機関の収益力が大きく低下している点について意見を求められ、淀谷氏からは日本経済が未だ景気回復が優先される局面にあることと合わせて、人口減少が著しい地方においては金融機関の数が調整を要する局面にあり、今後は地方の金融機関どうしの吸収・合併による事業の効率化が進展するであろうことが指摘された。

 次に、第2章「労働市場の多様化とその課題」に関係する議論では、小川講師から、働き方改革によって実現が期待される「同一労働・同一賃金」については、非正規の賃金引き上げが雇用の縮小を招く可能性を視野に入れるべきであり、日本の労働市場における格差については「正規」と「非正規」よりも、むしろ「大企業」と「それ以外」で深く分断されている二重構造が本質的な問題であるとの指摘が出された。さらに、終身雇用や年功序列賃金に代表される日本型雇用システムの終焉の可能性については、大企業以外は元々そのシステムを採用してきた企業が多くない一方で、今後は労働市場の流動性が高まれば大企業の正規雇用でも「年功序列賃金」の維持が難しくなる可能性が説明された。

 第3章「グローバル化が進む中での日本経済の課題」では、清水准教授から、台頭する保護貿易主義、反グローバル化の動きに対して、国際貿易によってもたらされた豊かさに視線を向けることの重要性が指摘され、1964年と2016年の比較でいかに大きなコストダウンが実現されたかを具体例を挙げて説明された。また、保護主義が投票等の民主主義のプロセスを経て台頭してきている現実を踏まえ、人間が陥りがちな「反外国バイアス」「悲観的バイアス」など心理面での非論理的バイアスの影響が指摘された。

 最後に、フロアから100枚以上出された質問票のうち、関連質問が多く寄せられた、AIやロボットの利用拡大に伴う雇用不安と、これからの労働力に求められる技能について、3人のパネリストそれぞれから学生に向けてのアドバイスを頂いて、名残惜しいまま閉会の時間となった。

参加者のアンケート回答では、淀谷氏の基調講演に対してはデータ分析に基づく分り易く説得力ある解説を称賛する意見が多数出された。また、後半のパネル・ディスカッションについても、安倍政権の経済政策に関する論点が整理でき有意義な時間を過ごせたことへの謝辞と合わせ、今後の講演会開催の継続を期待する温かい支持の声を頂いた。

(経済経営学部 教授 久下沼仁笥)

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