【バイオ環境ニュース】老化に伴う細胞内酸化還元変化の分子メカニズムを解明

2021年04月28日トピックス

【概要】

京都先端科学大学と京都大学の研究グループ(代表:京都先端科学大学 バイオ環境学部 寳関 淳 准教授)は、老化モデル条件下でのヒト培養細胞における小胞体1)の酸化還元(レドックス)状態2)変化を解析し、その変化を引き起こす分子機構と細胞内タンパク質品質管理に対する影響を明らかにしました。

この研究成果により、ヒト培養細胞における小胞体レドックス変化とタンパク質品質管理の連関の一端が明らかとなりました。老化に伴うタンパク質品質管理機構の低下による構造異常タンパク質の蓄積は、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患の発症原因と考えられています。今後、小胞体におけるタンパク質品質管理とレドックス状態の連関メカニズムがさらに解明されることで、小胞体におけるレドックス状態の調節が、これらタンパク質品質管理異常に起因する疾患発症に対する標的となる可能性があります。

本研究成果は、2021年4月21日(英国時間午前10時、日本時間午後6時)に英国の自然科学分野のオープンアクセス電子ジャーナルScientific Reports (IF 3.998 (2020)) (Springer Nature発刊), DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-87944-yに掲載されます。

 

【背景】

細胞内のタンパク質は、正しくおりたたまれてはじめて機能を発揮します。その一方で誤ったおりたたみをしたものや古くなったりすることで異常な構造をとるものは、速やかに分解される必要があります。このような構造異常タンパク質は、細胞内のタンパク質分解装置であるプロテアソームで分解されますが、老化に伴いプロテアソームの活性が低下することが知られており、そのため、異常な構造を持ったタンパク質が蓄積することで細胞死を引き起こし、アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患の原因となることが知られています。

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アミノ酸の一種であるシステイン同士が酸化されることで形成されるジスルフィド結合は、タンパク質のおりたたみにおいて重要な役割を担っています。正しいジスルフィド結合が形成されると構造を安定化させる一方で、誤ったジスルフィド結合が形成されると誤って折りたたまれます。ヒトなどの真核細胞における細胞内小器官の1つである小胞体では、ジスルフィド結合形成に適した酸化的なレドックス状態が維持されていますが、この状態のバランスが崩れると、小胞体において構造異常タンパク質が蓄積した状態である小胞体ストレスを引き起こします。小胞体ストレス状態が継続すると様々な疾患発症の原因になると考えられています。また、その一方で、老化や様々な細胞ストレスによる小胞体ストレスの惹起は、小胞体レドックス状態の異常を引き起こします。このように小胞体におけるレドックス状態とタンパク質品質管理は連関していますが、その機構は十分に明らかになっていません。

 

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【内容】

これまでに私達は、ヒト培養細胞において老化モデルであるプロテアソーム阻害条件で、まず、ミトコンドリアの機能障害が生じ、それに伴って生じる活性酸素種が酸化ストレスを引き起こし、細胞死に至ることを明らかにしていました。今回、プロテアソームを阻害した条件における小胞体レドックス状態の変化を解析しました。この解析には、私達が以前に開発した、小胞体内のレドックス状態を可視化できる蛍光プローブの ERroGFP S4 を用いました。解析の結果、小胞体レドックス状態は、はじめ一旦わずかに酸化的になった後、元のレドックス状態に戻り、さらにより還元的な状態となることがわかりました。

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Oku et al. (2021) Sci. Rep. より一部改変

この還元化の分子機構を明らかにするため、細胞内のレドックス状態を規定する主要なペプチドであるグルタチオン3)に着目しました。プロテアソーム阻害条件下では、細胞内における総グルタチオン量は減少していたにも関わらず、小胞体画分におけるグルタチオン量が増加しており、小胞体内にグルタチオンが流入することで小胞体が還元的になっていることがわかりました。また、細胞内のグルタチオン合成をはじめとするグルタチオンの代謝に関わる遺伝子の発現を誘導する ATF4 という転写因子)の発現がプロテアソーム阻害に伴って増加しており、ATF4を抑制するとプロテアソーム阻害に伴う小胞体還元化は抑制されました。その一方で、ATF4 を過剰に発現するだけで小胞体が還元的になることもわかりました。ATF4は様々なストレス時に発現レベルが増加することが知られています。したがって、プロテアソーム阻害に伴う細胞ストレスにより誘導される ATF4 が小胞体へのグルタチオン流入を引き起こし、小胞体還元化を引き起こしていることがわかりました。さらに、この小胞体還元化の生理的意義に迫るために、小胞体でおりたたまれ、細胞外に分泌されるタンパク質の1つであるα1アンチトリプシンの分泌量を調べたところ、プロテアソーム阻害に伴い、分泌量が低下していることがわかりました。

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Oku et al. (2021) Sci. Rep. より一部改変

【今後の展望】

今回、老化モデル条件下での小胞体におけるタンパク質品質管理破綻とレドックス状態の連関メカニズムの一端を明らかにしました。老化や様々なストレスによる小胞体での構造異常タンパク質蓄積(小胞体ストレス)は様々な疾患発症の原因となると考えられています。小胞体におけるレドックス状態の調節が、これら小胞体ストレスに起因する疾患発症に対する標的となる可能性があります。今後、小胞体におけるタンパク質品質管理とレドックス状態の連関メカニズムがさらに解明され、細胞内におけるタンパク質品質管理とレドックス状態の連関に関する理解がさらに深まることが期待されます。

【掲載論文】

Homeostasis of the ER Redox State Subsequent to Proteasome Inhibition

(プロテアソーム阻害後の小胞体レドックス状態の恒常性機構)

Yuki Oku, Masahiro Kariya, Takaaki Fujimura, Jun Hoseki* & Yasuyoshi Sakai

*: Corresponding author

Scientific Reports (IF 3.998 (2020)), DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-87944-y

【用語解説】

1)小胞体:真核細胞における細胞内小器官であり、細胞内で合成される全タンパク質の3割を占める分泌タンパク質や膜タンパク質の合成の場である。これらのタンパク質におけるジスルフィド結合形成や糖鎖の付加などの成熟も行われる。

2)酸化還元(レドックス)状態:細胞内における酸化反応と還元(抗酸化)反応のバランスがとられた状態。細胞内では還元的に保たれている一方、小胞体ではジスルフィド結合形成に適した酸化的に維持されている。そのバランスが崩れると細胞機能に様々な異常を引き起こす。

3)グルタチオン:グルタミン酸、グリシン、システインからなるトリペプチド。細胞内に多量に存在し、細胞内のレドックス状態を規定する主要な因子である。

4)転写因子:DNAに特異的に結合し、ストレスなどに応答して遺伝子の発現を調節するタンパク質。

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