京都先端科学大学

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International留学・国際交流

2013年5月 “Let’s study abroad!!”

更新日:2015年11月25日(水)
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正規留学生、3回生の朱一帆(シュイチハン)くんと何姝霖(カシュリン)さんのレポートを紹介します。

朱 一帆くんの“Let's Study Abroad!!”何 姝霖さんの“Let's Study Abroad!!”

朱 一帆くんの”Let’s study abroad!!”

正規留学生、経済学部3回生の朱一帆(シュイチハン)くんのレポートを紹介します。

経済学科 経済学部3回生 朱一帆くん

日本に来てから、もう何年も経って来ました。今僕はこの世界と時差があります。なぜなら、僕にとって夜12時は遅い時間ではありません。初めて日本に来た時から、両親から離れ、一人の暮らし生活はとても自由でした。日本語学校を通う時代は深夜1時、大学を入った後はほどんと2、3時くらい寝ます。相変わらずのは、平日朝9時起きる習慣です。その理由は、学校が9時半からですから。ちなみに、僕はずっと学校に遠くない所に住んでいる理由は朝起きるのが大変です。

多くの中国人留学生の中の一人として、僕はけして目立つとは言えません。特徴として、日本で生活する間、よくレストランでアルバイトしたのに、美味しい料理が作れません。旅行は人気があるところをよく避けます。相変わらず、勉強はテストの前しかしません。音楽はロックです。変わってきたのは、家事は自分でやる用になりました。消費は自分でコントロールできるようになって来た。そして、僕の留学生活を一言とまとめると暇だと感じる時間はあまりありません。一つの言葉で言うと「充実」です。

今、先輩の留学生活について書いた文章を読んだら、留学した前の自分が騙されたと感じました。(笑)いつももし私が留学生活を書くなら、絶対にそのように書かないと思ったけれど、なかなか難しいです。しかし、青春時代の最中で留学してよかったです。その理由は、留学の間に楽しみや悲しみなど、人生の全ての味を味わいました。日本語学校の2年の間に、僕はかなり不成熟でした。

一番後悔していることは、来日の二日目で、あっさりとMACノートパソコン、デジカメラ、ipod classicを買いました。
一番悲しい時期は、日本語学校卒業し、大学への受験戦争時期でした。
一番失敗したことは、携帯電話とパソコンを繋ぐ、パソコンでインターネットした結果、何百万の振込用紙が来た。
一番不思議なことは、日本語学校で言語が通じないクラスメイトと2時間くらい話ました。
一番現実になりにくい期待は、年末ジャンボを当たることです。
一番大胆なことは、日本語がわからないにもかかわらず、一人で群馬県の下宿から滋賀県のいとこの家へ行きました。
しかし、日本にいる時間が長ければ長いほど、どうやって生活を計画するのがわかるようになりました。
一番誇りを持っていることは、免許の学科試験は落ちたことはありません。
一番楽しい日は、毎月アルバイトの給料日です。
一番成長してる時期は、大学二回生時です。
一番頑張ったことは、学校の勉強とよく通る道の会社の建物です。
一番恥ずかしいことは、原付のスピート違反で違反者教習をしました。
一番頑張りたいのは、もう遠くない就職戦争です。
一番の願いは、日本と中国が永遠仲良くすることです。

日本に来たばかり、よく日本の文化が好きから日本に留学に来ましたと言いました。今は将来の探すために、日本にいると言いたいです。実際にこの国に生活してから、文化よりこの発展した社会についての勉強のほうが留学の経験になるかもしれません。僕は日本へ留学して良かったと思う理由は、自分の人生の道が自分を選ぶ能力を身に付きました。結果として、両親から大人扱いしました。また、この道を続きたいです。

何 姝霖さんの”Let’s study abroad!!”

正規留学生、国際ヒューマン・コミュニケーション学科3回生の何姝霖(カシュリン)さんレポートを紹介します。

人間文化学科 国際ヒューマン・コミュニケーション学部3回生 何姝霖さん

5月24日から三日間の沖縄旅行へ行ってきました。
すでに梅雨に入っている沖縄は雨が降ったり、曇ったり、晴れたり、全然定まらない天気です。まるで灰色に囲まれた「the lost city」のようです。

こんな天気で、私たちは「琉球王国の栄華の証」首里城を訪れました。大阪城や二条城などのお城と比べると、大きく異なっています。各建築物や門は朱塗りされ、真紅で中国の北京にある「故宮(紫禁(しきん)城(じょう))」の影響を受けたと指摘されています。特に王の居所である正殿は戦乱によって焼失された当時の建築様式をそのままに再現しています。

正殿の中も朱色を主に使われており、外からの光と朱塗りの反射光が正殿内のすべてを床に映し、驚いて妖艶でした。清朝の皇帝が書いた「中山世土」など三つの扁額も復元され、飾られております。450年を渡っていた琉球王国の象徴「首里城」は私の目の前に、この美しき紅とともに、尚氏一族の繁栄と何度も戦争に巻き込まれた哀れな運命を語っているようでした。

その後、万座毛、美ら水族館、玉泉洞、今帰仁城跡などの名所もいろいろ回っていました。地元の人々が優しく親切で物価も安いし、「老後は都会から離れてここで過ごそう」と一緒に旅行した友人がこう言ってくれました。

20代の大学生で老後問題を悩むのにまだまだ早いですが、確かにそうだと思います。今まで二回くらいに東京を訪れ、何もかも速い「東京リズム」の中で、観光という実感がありませんでした。ほぼ毎日ゆとりもないハイスピードで暮らしている私たちにとって、沖縄で感じられた「都会離れ」はどれほど貴重なのでしょう。
今年にようやく三回生になった私は勉強以外の休暇も取れず、奨学金、資格取得、アルバイトなどゆえに、一気に忙しくなっています。12月から始まる就職活動のことを考え出したら物凄く不安で、語学を特化する大学院に行きたい気持ちも収まらなく悩んでいます。

しかし、人の人生はただ一度しかなく、自分のことも自分自身で決めなければ意味がありません。過去の思いを積み重ね、自らの手で未来への道を作るには「いま」を大切しなければなりません。困難という壁を精一杯乗り越えたら、いつか夜空の果てで流星が現れるように向こう側の扉も開けると信じています。そして10年や20年後の私に送り届けたいこの「いま」はとても忘れられず華々しい留学経験です。