公開講演会「日本経済の現状と課題 -『令和5年度経済財政白書』を中心に-」【経済経営学部】

2023年11月27日トピックス

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第1部:基調講演

2023年11月18日(土)に、京都太秦キャンパスのみらいホールにて、「白書で学ぶ現代日本」の公開講演会「日本経済の現状と課題 -『令和5年度経済財政白書』を中心に-」が開催されました。

第1部の基調講演では内閣府の石井一正氏による、『令和5年版経済財政白書』を中心とした「日本経済の現状と課題」についての解説が行われました。

白書第1章「マクロ経済の動向と課題」では、まず日本の実体経済の動向として2022年度GDPが実質・名目共に過去最高水準となり、コロナ禍後の回復基調が明確に表われていることが確認されました。他方で、補足資料として直近の経済統計を提示され、2023年第3四半期の実施成長率が-0.5%と3四半期ぶりにマイナスとなったことの要因として、個人消費の伸び悩みと、設備投資および外需の減少を指摘されました。また、消費者物価の動向として、2022年秋以降はエネルギー価格の上昇は抑えられる一方で、食料を中心とした財の価格の上昇による全体で3%以上の上昇となったが、サービス価格は動かずデフレマインドの払拭が課題として指摘されました。

白書第2章「家計の所得向上と少子化傾向の反転に向けた課題」では、まず家計所得の増大に向けて、労働移動(転職)の活発化、副業・兼業の拡大、女性・高齢者の就労促進に加え、「貯蓄から投資へ」と株式等の金融資産への積極的な投資に変えていくことの重要性を指摘されました。また、少子化対策として、将来の所得上昇の期待を高めること、住宅や教育など子育て負担の軽減策、「共働き・共育て」を支援する社会的仕組みの整備・充実の重要性を説明されました。

最後に、白書第3章「企業の収益向上に向けた課題」では、日本企業の「マークアップ率」(価格設定力)に関する分析が紹介され、その向上には研究開発投資や人的資産投資など「無形資産投資」が鍵となることが説明されました。また、マークアップ率の引き上げは、企業の収益性を改善させるだけでなく、投資や賃上げ余力を高めることでマクロ経済の好循環に結び付くことや、無形資産投資が企業の生産性を高め輸出拡大効果を生み出す可能性があることを指摘されました。

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第2部:パネルディスカッション

休憩時間を挟み、第2部のパネル・ディスカッションでは、基調講演をご担当頂いた内閣府の石井一正氏に、本学経済経営学部の濱口喜広講師(マクロ経済学)と尾崎タイヨ名誉教授(計量経済学)の2人を加えた3人のパネリストの間で、『令和5年度経済財政白書』に関するディスカッションが展開されました。

初めに、白書第1章の内容を踏まえて、濱口氏からアベノミクス以降の日本のマクロ経済政策に関する振り返りやその効果、さらにその課題に関する説明が、各種統計データに基づいて行われました。特に、一国全体の資金需給を表す「ISバランス」の視点から、現在の40歳以下の世代が保有する金融資産額の低さが将来における投資資金の供給不足や財政リスクの問題に結び付く可能性が指摘されました。そして、そうしたリスクを回避するためには「技術革新」による経済成長が重要であり、それを加速させるためにも政府には「起業家的政府」としてイノベーター的な姿勢が求められることを強調されました。これに対して、石井氏は、アベノミクスにおける金融政策が物価に及ぼした影響は、様々なチャネルがあるため評価が難しいとしつつ、貨幣乗数の低下により貨幣供給量は思うように増加しなかった可能性があるものの、全体としては物価上昇に貢献したとの見解を示しました。その上で、マークアップ率の上昇など、他のチャネルを通じたデフレ脱却が次なる課題であることを指摘されました。それに対し、濱口氏は、イノベーションによる新製品の開発が製品差別化を通じて企業のマークアップ率の上昇に貢献するとし、イノベーションを推進する司令塔としての役割を政府に求めるべきとの意見を改めて説明しました。その点に関して石井氏は、日本における官僚機構の特性から難しい側面もあるが、今後の検討課題としたいとの見解を示しました。以上の議論を通じて、日本は供給能力の増強や生産性の改善によってデフレ脱却を図るべきだという点に関しては、パネリストの間で意見の一致が見られました。

次に、白書第2章に関連し、尾崎氏から日本の賃金格差の状況と賃上げが進まない構造的な問題が説明されました。まず、非正規雇用の拡大を進めてきた「働き方改革」が単に企業のコストカットの手段として利用されてきた経緯と、それがもたらした「中間層以下の貧困化」という問題の深刻化を指摘されました。また、生産性の定義から、低賃金の原因を労働者の生産性の低さに求めることの危うさを説明する一方で、時給等の賃上げが必ずしも非正規労働者の所得(月収・年収)の増大に結び付くわけではないことを指摘されました。そして、白書第2章で示された少子化要因の推計の妥当性を取り上げ、非婚化を誘発している低所得に対する政策対応の必要性を強調されました。それに対して石井氏からは、非正規が直面する所得の格差や不安定さには留意が必要ではあるが、同一労働同一賃金への対応に進捗があることや、女性や高齢者の働き方の選択肢を拡げているなどの点で肯定的な面にも目を向けるべきとの意見が出されました。また、最低賃金の引上げがもたらす影響については、今後の検証の対象として注視していきたいとの意見に留められました。

そして、白書第3章についてのディスカッションでは、日本企業の収益向上に結びつく「マークアップ率」(価格設定力)の向上にとって重要な「無形資産投資」の一つである人的資本投資に関して議論が行われました。特に、日本の転職率の上昇が日本企業の人的資本投資を抑制してしまう可能性については、日本の労働市場の流動性が高くなることで企業はより優秀な人材を確保するために給与・賞与・休暇などの労働条件に加え、労働者のスキルアップやキャリアップに結びつく人的資本投資も提供せざるを得なくなると考えられます。このことから、転職率の上昇がむしろ日本企業の人的資本投資を増大させる可能性があることを石井氏は指摘されました。

第2部の中では、フロアから提出された多数の質問票より、「デフレの原因として日本企業が賃金や価格を抑制することに対する政策介入はあり得るのか」や「副業・兼業を促進することは、これまでの働き方改革の理念と矛盾し、また労働時間の増大が少子化を加速させるのではないか」、さらには「長年問題視されている男女間、正規非正規間の所得格差が依然として縮小しない原因は何か」などの質問が取り上げられ、3人のパネリストからはそれぞれの専門領域の視点に基づく簡潔かつ明瞭な回答をご提示頂きました。

限られた時間の中で、多面的な分析を積み上げている『令和5年版経済財政白書』のすべてについて触れることは、当然ながら不可能ではありましたが、他方で参加者からのアンケート回答では、社会的関心の高い重要なポイントに絞り込んだ、明瞭で説得力ある解説を聞くことができた、などの肯定的な評価を頂くことができました。他のご意見も含めそれらすべてを、今後の講演会の改善と開催継続に向けた参考材料にしていきたいと考えます。

(経済経営学部 教授 久下沼仁笥)

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